コラム

低山から高山まで、 仲間の親子と登る山々で出会ったこと、思索したこと、 憧れること、悔やむこと、 そして嬉しかったことを綴ります。 親子山学校を貫くインティメイトな山の世界・・・。


「或る達人」

山荘の談話室に、やや痩身のごま塩頭の男が入ってきた。手には小さな紙パックの飲み物を持っている。歳は七十前後か。顔つき、風体は一見すると農協のおじさん風である。が、この手の年配者は侮れない。見た目で判断すると足元をすくわれることがある。

その日は朝から強い風雨で、横岳と硫黄岳の鞍部に建つ山荘には、午前中から登山者が次々とやってきて、談話室はすでに混み合っていた。談話室の真ん中にある机の前で、三十前後の単独(ソロ)の女が静かに本を開いていた。安易に人を寄せ付けない、硬い表情をした女だった。空いている場所は、その机の一角くらいだった。農協のおじさんは、「いいですか?」と断わりを入れると、女の斜め向かいに腰を下ろした。

男の方から会話が始まった。男は紙パックに刺したストローをチュウチュウと吸っては舌を湿らせ、杣添尾根から三又峰の稜線に登り、横岳の難所を通過して硫黄岳山荘へ着いたということを手短に話していた。女の表情がすぐに緩んでいくのが分かった。笑うと意外にいい表情の女だった。

それにしても真教寺尾根、県界尾根ほどではないにせよ、この悪天候の中を独りで杣添尾根から風雨の稜線に上がって、クサリ場の続く横岳を経てここまで来たとは、大した男だなと思った。やはりただの年寄りではなさそうだった。

男の声はやがて聞こえなくなった。男の右隣りでは、若い男女五人が車座になってトランプに興じていた。カードが捨てられるたびに甲高い女の嬌声が談話室に響き渡る。騒音に紛れて時折、男がツルギがどうとか、ジャンダルムがどうとか知っている名称が断片的に聞こえてきたが、会話の中身はもう分からなかった。

「すみません。うるさかったですか」

突然、トランプをしていた輪の中で誰かがそう言ったのが聞こえた。私は声のあった方を振り向いた。

「いや、大丈夫です。まったく平気です。もっと騒いでもかまいませんよ」

平然とした表情でそう言ったのは、先刻の男であった。もっと騒げと言われると、人はそうそうやれるものではない。男のあしらいはユーモアもあって見事であった。車座の男女たちは、しばらくは控えめにしながらトランプを続けていた。

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夜明け前に起きた。外は濃霧で霧雨だった。風が幾分弱まっていた。風雨の弱いうちに私たちは小屋を出ることにした。土間の上がり框は、登山靴を履く登山者たちで混雑していた。上がり框に、登山靴を手にしたあの男が立っていた。男の前の土間が、一人分だけ空いていた。

「どうぞお先に。私はのんびりと出かけますから」

男はそう言って、私に場所を譲ってくれた。

6時20分、仲間の親子たちと小屋を発って硫黄岳へ登り返して行くと、濃霧の先にザックを背負った一人の登山者が見えた。あの男だった。知らぬ間に先を越されていたのだ。だが、近づいてみると男の歩みはとてもゆっくりとしていた。山頂の手前で、私たちはあっさりと男を抜いた。

風と濃霧の山頂を経て、赤岩の頭から岩場を巻き、ようやく樹林帯に逃げ込んだところで一休みすることにした。そのうち男がやって来た。

「やあ」

男は、また会いましたねという感じの笑顔で挨拶してきた。

「ここはひどく荒れていますねえ。数年前に歩いたときは、こんなにひどくはなかったんだが」
「そうなんですか」
「ええ。赤岩の頭の分岐があったでしょ、道標のある。あのあたりもひどく荒れていたね」

そう言いながら、男は足元の荒れた地面を見渡している。

「そういえば、大きくえぐれている箇所がありましたね」
「あそこも以前はもっと平らだったんだが…」

男は山道の変わりように、少々心を痛めている様子だった。「お先に。またどうぞ遠慮なく追い越して下さい。私は今、左足を痛めているので早くは歩けないんでね」そう言うと、男は静かに山道を下って行った。男の後ろ姿を見ると、確かに心なしか左足をかばうようにして歩いていた。

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赤岳鉱泉まで下る途中で、再び男を抜いた。屋根のある鉱泉前のテーブルで休んでいると、じきに男もやってきた。

その後は、鉱泉から美濃戸山荘にたどり着くまでも、男を抜いたり抜かれたりの繰り返しだった。私たちはかなり早いテンポで下っていたはずだった。ところが男を追い抜き、かなり引き離したと思って一休みしていると、じきに男もやって来る。普通ならば追い越したまま、もう会うはずもないのだが、男はすぐにやって来るのだった。男の歩きはどう見てもゆっくりだし、左足を引きずるようにして歩いているのだから、追いつけるはずはないのに、男はせいぜい四、五分遅れでやって来るのだ。

なぜ、男はこんなにも早いのだろうか。
なぜ、あのゆっくりとした歩きでもすぐに追いつけるのだろうか。
考えられることは、一つしかなかった。

男は、山歩きのなんたるかをカラダで知っているのだ。どんなに段差があろうとも、足元に岩があろうとも、木の根が浮いていようとも、赤土が露出していようとも、瞬時に最適なラインを読み取り、最適なステップを選びながら、迷いなく体幹を移動させて行く術が身に着いているのだ。だから、たとえ片足を引きずっていても、カラダは常に安定して移動していけるのだ。それが早さのすべてだ。男は山歩きの達人だ。そして、昨日からの様子をみても、登山者としても大人としても、見事なものだと改めて感心した。

私たちが登るような山では、高名な登山家や有名な山岳ガイドに出会う機会はめったにないが、市井には学ぶべき真の登山者がいる。過去にも、そんな素晴らしい登山者に幾度も出会ってきた。二度と会うこともない、名も知らない彼らこそが、私の師匠なのだと思った。

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美濃戸山荘のテラスで私たちが昼めしをとっていると、後からやってきた男は一息入れるとすぐにザックを背負い始めた。

「また、どこかでお会いしましょう」
「はい」

枯れた、けれども揺るぎない優しさを湛えた笑顔でそう言うと、男は再び雨に煙る林道へと歩き出して行った。

関良一
2016年9月21日
親子山学校

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