「美しさ」を求めて ジュニアクラスへの挑戦 | 親子山学校

トライアルの朝。まだ陽の当たらない登山口前の広場で休む子どもたち


クリスマスが近づく12月23日早朝、親子山学校の15名の子どもたちが、中央本線鳥沢駅前に保護者と連れだって集まっていました。15名の子どもたちは、まだ学校に上がる前の年長さんから小学5年生まで。男子7名、女子8名という顔ぶれです。いつもはキッズクラスで毎月の低山トレッキングに参加しているこの子たちが、来年度のジュニアクラス入りをかけた「トライアル」に挑みました。登った山は倉岳山(990m・山梨県大月市)。鳥沢駅からスタートし、小篠集落の登山口から山道に入って、高畑山分岐、穴路峠を経て倉岳山。復路は立野峠へ下って月夜野沢の沢すじを歩き、最後は梁川駅までのおよそ10キロメートルに及ぶ変化に富んだコースです。

トライアルは子ども5名ずつの3班に分けて、先頭はペースメーカー役の大人が歩き、それぞれの班の最後尾に審査を担当する3名の大人が付きました。トライアルの結果、合格者は6名。次点が2名。そのほかは不合格となりました。合格者は小1が1名、小2が3名、小3が1名、小5が1名という内訳です。(男子2名、女子4名)

トライアルの三日後、すべての参加者に審査結果とともに親子山学校からのメッセージを送りました。以下はその全文です。ここに親子山学校ジュニアクラスが掲げる、実践と理念があります。世の中がどうあろうと、大人たちがどうあろうと、子どもたちには「限りなくストイックで、美しくあれ」というメッセージです。


トライアル中、つかの間の休息をとる子どもたち


■ジュニアトライアル「総評」
今年は参加した子どもが多かったこともあり、見えない競争率と緊張感も手伝って、子どもたちも固くなってのスタートでしたね。しかし、こうして何かを競うという場面は、これからも必ず巡ってきます。その時、子どもなりにどれだけ真剣に課題に向き合えるかが大切になります。

それは学習能力の高さではなく、目標に向かって自分のココロとカラダの集中力を、どこまで上げて行けるかだと思います。学力だけで人を選別する世界もありますが、世の中には学力は二の次、三の次で、人としての個性、生命力、コミュニケーション能力などを優先する世界が確実に存在します。ジュニアクラスの山は、子どもたちの主体性、自主性を伸ばすための山登りに取り組んでいます。ですから、この日一度だけのトライアルに対して、子どもなりに何をどう表現しようと努力したかを観ました。

去年のトライアルは綜合的に男子が優勢で、女子は劣っていましたが、今年は女子のチカラを感じました。学年や年齢に関係なく、参加した女子はみんな、このトライアルの重要さを子どもなりに理解し、取り組んでいたと思います。対して、男子にはトライアルの意味を理解しきれていない姿が見られました。キッズクラスでは大目に見られてきた雑な部分、甘えの部分を克服しなければ、トライアルでは必ずほころびが出ます。歩きながら口笛を吹く、鼻歌を歌う。ジャンプする。スキップして歩く。挨拶も返事もしない。そんな光景を何度も見かけました。

これはココロの評価にも関わることですが、君たちは今そこで試されているのです。試験会場で口笛や鼻歌を歌っても、それは評価の対象にはならないし、むしろ失格となります。ジュニアで登る山でも受け入れられません。ましてや入学試験や入社試験、面接の場でも一切通用しません。

どんなに体力があっても、心の集中力が持続できないうちは、ジュニアクラスの高山に連れて行くことは出来ません。ジュニアでは子どもたちも大人も、みんな真剣に歩き、真剣に登山をしています。山でふざけた行為や勝手な行為があったら、その場で叱り飛ばし下山させるか、問答無用で退会です。

野球でもサッカーでも、1年生から6年生でチームを組んで、ゲームに臨むことはまずありません。しかし、親子山学校のジュニアクラスは1年生から6年生までが、当たり前のように一つのチームを組み、同じ距離、同じ時間を、同じチカラで歩き、過ごせることが前提です。そこが他の競技や習い事とは決定的に違います。

「キッズクラスとジュニアクラスは、全然別のステージ」です。どんな世界でも、上のステージに行くのは簡単ではありません。その壁を突破していくのは、本人の自覚と意志と努力です。「なにクソ!」と思う気持ち、「悔しい」と思う気持ちに欠ける限り、ジュニアには上がれません。これまでのキッズでの歩き方や、山での過ごし方が雑だったり、中途半端な姿勢が身についているなら、まずそこを変えることが先決です。

山では、単調で苦しい登りや下りが長い時間続くことがあります。雨が降っていても、黙々と歩かなければならない場面があります。意識するしないは別にしても、日頃から自分の踏み出す「一歩一歩」に責任と自覚を持って歩けない子どもは、常にリスクを背負ったままの登山者です。「まだ子どもだから、仕方がない」とか「まだ子どもだから教えても無駄」という考えは、ジュニアに関しては一切持ち合わせていません。大人と同じレベルで山に向き合う、大事な山のパートナーとして子どもを見ています。そのためにも、子ども自身の主体性と歩くチカラが絶対に欠かせないのです。この基準はこの先も不変です。

■ジュニアクラスに入る子どもたちへ
ジュニアクラスでは学年や能力に応じて、徐々に標高の高い山に登ります。このときに必要なものがいくつかあります。たとえば、登山口からスタートし、山小屋に到着するまで、安定した歩きと安定した気持ちを維持することもその一つです。もう一つ挙げるとすれば、挨拶や返事が出来ることです。高い山に行くと、登っているのはほとんど大人ばかりです。すれ違う登山者に「こんにちは」「おはようございます」「ありがとうございます」と、しっかりと言える子どもになって下さい。

もう一つのジュニアのテーマは、山登りを通して個々の子どもたちが、あるいはチームとしての子どもたちが、どんな山登りを作りあげようとしているのか、その表現手段や表現方法を主体的に見つける行為を追及してもらうことです。大人から「こうしなさい、ああしなさい」と言われてやるべきこととは別に、大人の誰も考えつかなかったような、子ども自身による山への取り組みを発揮してほしいのです。自分自身で気づいて納得できたときに、初めてその行為(山登り)はホンモノになるはずです。

「表現力」は一つではありません。10人の子どもがいれば10通りの表現力があるはずです。誰のものでもない自分だけの表現力を身につけ、それが一つに合わさったとき、ジュニアの山登りは、今以上に豊かで美しいものになるでしょう。「どんな時でも大きな声でメッセージを伝える」「自分が苦しいときほど、仲間への気遣いを忘れない」こういうことも、その子の「表現力」です。トライアルを経て、新たなジュニアに入る子どもたちに求める理想像はそこにあります。

最後に、これは関さんの「とっておきの理想」ですが、高い山をめざせばめざすほど、君たちが歩むその隊列が美しくあってほしいということです。何もさえぎるものがない稜線に君たちがいるとき、君たちの歩むそのラインが、遠くの誰が見ても「あゝ、美しいラインだなあ」と感嘆するような歩きをめざしてほしいということです。それには、その山に登る君たちの気持ちもチカラも、美しく一つになっていなければなりません。

「美しさ」は山に登っているときだけではありません。集合場所に集まったとき、電車やバスに乗って移動しているとき、山小屋でくつろいでいるとき。どんな時でも、「あゝ、この子たちは美しいな」と、周りにいる大人を感動させることだって出来るのです。私は「子どもだから無理」「子どものくせに」という言葉は大嫌いです。君たち、子どもにもちゃんと出来るのです。出来る子どもは、ただそこに居るだけで気配も違います。瞳の輝きも違います。ジュニアクラスの山は、ザックを背負って登山靴を履いた瞬間から、どこにあっても常に「美しさ」をめざす子どもたちであってほしいと思います。山に登るということは、ココロとカラダの「美しさ」をめざすことなのです。

ジュニアに上がったら、もう二度とキッズの山登りには戻れません。残りわずかなキッズの山を、丁寧に大切に歩いて下さい。

2017年12月26日
親子山学校
関良一

※親子山学校が取り組んでいる山登りは、大人のような登山のスキルを子どもに求めてはいません。それよりもっと大切なもの、人間の土台となるカラダ作りを山登りを通して実践し、常に理想を追い続けられるココロを育む場として活動しています。

※この日のトライアルでは、カラダの評価(脚力・バランス)、ココロの評価(冷静さと闘志、主体性と協調性)の4項目で審査。各項目5点満点。オール4の16点でも次点になるハイレベルになりました。