コラム

低山から高山まで、 仲間の親子と登る山々で出会ったこと、思索したこと、 憧れること、悔やむこと、 そして嬉しかったことを綴ります。 親子山学校を貫くインティメイトな山の世界・・・。

6年生に渡す卒業証書と落款


第五回「哲学する子ども」

 子どもでも山登りを何年もするうちに無駄
なおしゃべりが減り、黙々と歩けるようにな
ります。ほんの数十秒の沈黙でも、深い思索
に入れる下地が養われます。この短い沈黙の
積み重ねが、子どもにも物事のあり方を理性
を持って探求しようとする、哲学的な思考を
鍛え上げていくのです。

 毎年2月、12歳の6年生たちとの別れが近
づくと、私は山登りの仕上げに或る「授業」
を行います。「君たちは人間?それとも動物
?」「ヒトとケモノを分けるのは何?」とい
う、〈人間について〉問いかける授業です。
「理性が働くか、本能に振り回されるか」
という問題を探求していきます。これは宮城
教育大学の元学長だった林竹二(1906〜19
85)が、晩年に全国の小学校や夜間学校で行
った授業の一つです。教師でもない私は文献
を漁って、林が行った授業の再現に取り組ん
でいます。

 ある年、発達障がいのある6年生のY君が
授業に参加しました。Y君は幼い頃から協調
することが苦手で、山でも自分勝手な行動を
したがる子でしたが、高学年になると寡黙に
なってきました。私のつたない授業も最後ま
で真剣に聞いてくれました。Y君は山学校の
卒業式で作文を読み上げました。卒業生の中
でただ一人、Y君は〈人間について〉の授業
を振り返り、「僕は理性のある人間になりた
い」と力強く語ってくれました。

 山では本能に任せていたY君を、私は何度
も咎めたことがあります。私はその理由を話
せませんでした。しかし、本能だけで歩いて
きた時間を経て、「君は何を持って人間と言
えるのか」と問いかけられたとき、Y君は見
事に自らの足で新たな風景にたどり着いたの
です。

参考文献:『授業 人間について』
林竹二(国土社・絶版)

(初出:月刊誌『女性のひろば』2023年12月号)


文と写真:関 良一(親子山学校主宰)