コラム

低山から高山まで、 仲間の親子と登る山々で出会ったこと、思索したこと、 憧れること、悔やむこと、 そして嬉しかったことを綴ります。 親子山学校を貫くインティメイトな山の世界・・・。

山小屋でも学びの時間を過ごす子どもたち(ヒュッテ入笠・長野県)


第四回「山歩きの極意」

 私も若かった頃は山頂まであとひと登りと
いう場所に来ると、子どもたちと「よーいど
ん」と競走して頂上まで駆け上がったもので
す。山から山へと縦走してきた後半でも、疲
れの見えてきた子どもたちに向かって「よう
し、走るぞ」と言って、駆け出すこともあり
ました。そんな時ほど子どもは嬉々として走
ります。山道を走っていても転ぶ子どもはめ
ったにいません。普段はゆっくりと歩いてい
る子どもたちが、なぜ転ばずに走れるのでし
ょうか。

 山学校に初めてやってくる親子に、私が真
っ先に教えていることがあります。「登りで
も下りでも段差の少ない平らな足場を選んで
歩きなさい」ということです。山歩きの極意
はこれだけと言っても過言ではありません。
そのためにジグザグに進むことになっても構
いません。ただし、顔と体は必ず進む方向に
向けて歩きます。「エベレストだろうと低い山
だろうと歩き方は同じだよ」と言うと、みん
な納得してくれます。

 どんな山でもこれを徹底し、体が自然に反応
するまで続けると、やがてバランス感覚と動体
視力が磨かれます。だから、いざ山を走るよう
な時でも前方や足元への注意が働き、転倒が避
けられるのです。素早い動きにも体が反応でき
るのは、スローな動きの反復練習にその土台が
あるのです。

 エベレストに世界初登頂をした女性登山家の
田部井淳子さんは、晩年に日本の低山を熱心に
登っていました。ある日、田部井さんは自分よ
りも年上の男性に尋ねました。「山歩きの達人
とはどういう人のことですか」。すると男はこ
う答えたそうです。「足元の石ころ一つ動かさ
ずに歩ける人です」と。つまり、ゆっくりと
優しく歩く。ここにも山歩きの極意があります。

(初出:『女性のひろば』2023年11月号)


文と写真:関 良一(親子山学校主宰)