コラム

低山から高山まで、 仲間の親子と登る山々で出会ったこと、思索したこと、 憧れること、悔やむこと、 そして嬉しかったことを綴ります。 親子山学校を貫くインティメイトな山の世界・・・。

地図を見る(三条の湯の主人と親子山の岳童)


第七回「赤い編み上げ靴」

 20年ほど前、私が初めて娘に買い与えた
登山靴は、編み上げ式のブーツでした。赤い
生地に黒い靴紐のコントラストが素敵で、西
洋の童話に出てくる少女が履くようなその靴
は、山でもとても映えました。

 登山靴は、山の三種の神器の一つに数えら
れます。残り二つは雨具とザック。三つの中
でどれが一番大事かと聞かれたら、私は迷わ
ず登山靴をあげます。靴さえ履いていれば泥
だらけのぬかるみでも岩場でも沢の中でもへ
っちゃらです。何よりも登山靴は足をがっち
りと守り、背中の荷物も体重も支えてくれる
縁の下の力持ちです。山登りに限らず、靴さ
えあれば遠くまで移動も可能です。

 20世紀半ばにキューバ革命を起こした人物
の一人に、チェ・ゲバラというアルゼンチン
生まれの男がいました。そのゲバラが新たな
革命を起こそうとして行った南米のボリビア
で、亡くなった時に履いていた靴の写真を見
たことがあります。それはボロ布をつぎはぎ
して作った粗末な靴でしたが、私は靴に執着
したゲバラのこだわりに衝撃を覚えました。
生前のゲバラは「兵士にとって最も大事なも
のは」と聞かれた時に、「それは靴だ」と答え
ています。銃ではなく靴なのです。ジャング
ルや山岳地帯をひたすら歩いて移動したゲバ
ラだからこそ、靴は移動に不可欠の道具であ
り、命をも守ってくれる存在だったのでしょう。

 ゲバラが39年の生涯を閉じた時、最後に
履いていたあの靴はどうなったのでしょうか。
おそらくは誰にも見向きもされずに棄てられ、
今でもその存在を気にする者はいないでしょう。
けれども私は気になります。私が娘に与えた赤
い編み上げの靴を手放したことを今、後悔して
いるように、ゲバラが履いていたあの靴は、人
類が残しておくべき靴の一つだったのではと思
うのです。

(初出:月刊誌『女性のひろば』2024年2月号)


文と写真:関 良一(親子山学校主宰)