晴登雨登「不破さんに会った日」
第十回「不破さんに会った日」
「不破さんに会いに行きませんか」。
毎週、赤旗日曜版を届けてくれるTさんに言
われて出かけて行ったのは十年前のことです。
おりしも私は不破哲三さんの『私の南アルプ
ス』の文庫本を読んだばかり。不破さんが国
会議員時代に南アルプスの山々に登っていた
ことを知り敬服していたのです。党員でもな
い私をTさんが誘ってくれたのは私が親子登
山の活動をしているのを知っていたからでし
た。その集まりは、不破さんと妻・七加子さ
んが趣味で集めた郷土玩具を披露する会でし
た。不破さんの住まいが私と同じ山里にあっ
たという奇遇も重なり、私は文庫本を小脇に
抱えて女学生のような気分でその山荘を訪ね
たのです。
いざ行ってみると、そこは私にとって完全
なアウェイ。テレビでしか見たことがない不
破さんは人垣に囲まれて近づくこともできま
せん。するとTさんが私の腕をとって強引に
不破さんの前に。私がどぎまぎしながら文庫
本を読んだことを告げると、不破さんは一瞬
考える顔になり「ちょっと待って下さい」と
言い残すと隣の書庫に消えて行きました。戻
ってきた不破さんが手にしていたのが単行本
の『私の南アルプス』です。「こっちの方が
写真もたくさん載っていますから」と言い、
目の前でサインまでしてくれました。
六、七年後。私は冠動脈の一本が九割方梗
塞する心疾患となり、数度に渡る入退院を繰
り返しました。実は不破さんも現役時代に心
筋梗塞になったことが著書に書かれていたの
ですが、私はすっかり忘れていました。改め
て読み直すと不破さんも同じような症状でし
た。奥様の著書にも当時のことが書かれてい
ますが、不破さんは山登りをやっていたこと
で重篤化もせず回復も早かったようです。
これは私も同様で、毎年百日以上山に登って
きた体があればこそで、心拍数を上げずにゆ
っくりと登ることで今も山登りを楽しんでい
ます。
(初出:月刊『女性のひろば』2024年5月号)
〈不破哲三〉
1930年生まれ、元衆議院議員、日本共産党元中央委員会議長
著書『私の南アルプス』(山と渓谷社)には、国会議員時代に
休日を使って南アルプスの山々に登った思い出が綴られている。
不破さんが登った南アルプスの山は荒川三山、赤石岳、塩見岳、
間ノ岳、北岳、聖岳、上河内岳、易老岳、甲斐駒ヶ岳、仙丈ヶ岳など。
謙虚に自然に向き合っていた姿が忍ばれる文章に、登山者としての
美しさを覚える名著。他に『回想の山道・私の山行ノートから』(山と渓谷)