コラム

低山から高山まで、 仲間の親子と登る山々で出会ったこと、思索したこと、 憧れること、悔やむこと、 そして嬉しかったことを綴ります。 親子山学校を貫くインティメイトな山の世界・・・。

ある日の岳童たち(八ヶ岳・行者小屋前)


第三回「美しい登山者」

 東京の最高峰・雲取山の石尾根に、奥多摩
小屋という山小屋がありました。私の息子と
娘が幼い頃に何度も通った所です。いつもの
ように尾根に上がった時、私は子どもたちに
「先に行って、もうすぐ到着しますって伝え
て」と言いました。小学生だった二人は初め
ての使命を受けて大喜び。

「走るなよ。ゆっくり行けよ」「わかった」
そう言うやいなや、息子と娘はわれ先にと駆
け出しました。「おい、走るなって言ったじゃ
ないか」と言ってももう聞きません。二人は
みるみると遠ざかって行きました。稜線を駆
け上がるその姿はまるで子鹿のようで、我が
子ながら〈なんて美しいんだろう〉と思いま
した。

※   ※   ※   ※  ※   ※

 南アルプスの甲斐駒ヶ岳に登っている時で
した。花崗岩が広がる稜線を見上げると、逆
光の中にザックを背負った若者たちが見えま
した。一糸乱れず黙々と下って来ます。稜線
を歩く彼らのラインの美しさに私は見惚れて
いました。近づいてきた彼らは高校生でした。
無駄口を一切こぼさず、そんな風に山歩きが
できる彼らに感動しました。

 八ヶ岳の赤岳を望む山小屋の前にいた時に
は、大きなザックを背負った若者たちが赤岳
方面から下って来ました。大学の山岳部です。
彼らはザックをおろすとすぐに円陣を組み、
主将格の一人が何やら話しはじめました。部
員たちは姿勢を正したまま黙って話を聞いて
います。靴もザックも汚れていたので、長い
縦走をしてきたのでしょう。どう見ても疲労
困憊のはずなのに、彼らは何事もなかったか
のように静かでした。この時も〈あゝ、なん
て美しいんだ〉と思いました。

 齢を重ねても背筋を伸ばし、凛として暮ら
そう。私は山で、若者たちからそう学んで来
ました。

【ワンポイント】
登りの時こそ背筋を伸ばし顔を上げて歩く。
常に前方の状況がいち早く把握でき、喉の
気道も広がり呼吸が楽になります。

■初出:月刊誌『女性のひろば』2023年10月号


写真と文・関 良一(親子山学校主宰)