コラム

低山から高山まで、 仲間の親子と登る山々で出会ったこと、思索したこと、 憧れること、悔やむこと、 そして嬉しかったことを綴ります。 親子山学校を貫くインティメイトな山の世界・・・。

4月19日、陣馬山頂(背後には大勢のハイカーがいた)


コロナ禍の陣馬山に登って

きのう(4月19日)「我が家の裏山」でもある陣馬山に一人で行ってきました。コロナ禍で活動休止中の山学校の、今後の活動と安全をどう再構築できるのか。また山頂にある馴染みの茶屋が開いているなら情報交換もしておこう。この時期に色々確認したいことや考えたいことがあったわけです。山のことを考えるなら、山に触れて考える。「山のことは山に訊け」というのが私の流儀です。

登山口に向かうバスの中はガラガラで、乗っているのは私を除いて4人だけ。そのうち3人は20年来の顔なじみの登山者で、みな70代です。陣馬山界隈をフィールドに、毎週休まず登っている方々です。もちろん彼らもマスクをしたり、消毒液の入った携帯スプレーなどを持参したりで、いつもよりは肩をすぼめて過ごしております。

しかし、このコロナ禍でも陣馬山に向かうにふさわしい顔ぶれだったとも言えます。

私は何も聞いていないのに、向こうから「こんな時に山なんか行って、申し訳ないけどね・・」と苦笑い。彼らもわかっているのです。でも、山やの性(さが)なんでしょうね。歳をとるほど、じっとしてたらどんどん筋肉が弱って歩けなくなるし、何よりも「あの山に行けば誰それさんに会える」とか「今ならあの花があそこに咲いているだろう」とか、山の喜びを熟知している方々です。

私はその中の一人、Mさんに尋ねました。「Mさん、ところで今お幾つになられました?」「75歳です」。そのMさん、「北アルプスにまた行きたいんだけどね。去年は三俣山荘まで行くので精一杯でした」「そこまで行けるだけでも立派じゃないですか」

もう歳なんだから無理な山登りはやめなさいよ、とは言えません。私だって夢は「88歳まで山登りしていたい」と思ってますもの。

Mさんら昨日の三人は、「決して人様に迷惑はかけないよ。でも、オレの生きがいを認めてくれよ・・」と言っているように見えました。

私も三人も陣馬登山口バス停で下車し、落合の集落を上がって一ノ尾根からゆっくりと陣馬山を目指しました。私は単独なので、気ままに一人歩き。登山道脇の春の花を見つけては写真を撮ったりして、ゆっくりと登っていました。

三人はさらにゆっくりとしたペースで、数十メートル後ろを歩いています。私が「ここにジュウニヒトエの花が咲いてますよ」と声をかけると、三人も近づいてきて「ああ、本当だ。よく見つけたねえ」などと言ってくれます。そんなことを繰り返しながら、やがて山頂部に近づいてきました。


ジュウニヒトエの花

私の前に、女性3人と男性2名のグループが歩いていました。そのうちの女性3人は歩きながらのおしゃべりに夢中でした。山登りでは、おしゃべりに夢中になると歩みが遅くなります。ゆっくり登っていたつもりの私も、みるみると彼女たちの後ろに接近してしまいました。

私の接近に気づかずにおしゃべりに夢中の3人。私も距離を置いて、しばらくはそのまま歩いていました。しかし、気になることがありました。

いくら山の中とはいえ、肩を並べるように接近した格好で、マスクもせずにおしゃべりし続けているのはよくないんじゃないの?

あなたがたは都会から来ているのだろうから、ここまで電車やバスを使って来たんだよね。それにもしかしたら「あなた自身もサイレント・キャリアーかもしれない」という自覚はないのかな?

いくら3密(密集・密閉・密接)とは無縁の山とはいえ、山に来れば大丈夫というのは錯覚に過ぎず、ウイルスを運び込むのは人間なんだということが分かっていないのだなと思いました。

そう思うと、たった3人の登山者に対しても恐怖心のようなものが湧いて来ました。ようやく私の存在に気づいた彼女たち。道を譲ってもらい、私はペースをあげて追い越して行きました。

さて、ここから先は山頂で見たことをお伝えしますが、前述した緊張感のない女性3人のハイカーは、序章に過ぎなかったという論点に変わります。

山頂に着くと清水茶屋はいつものように営業をしていました。安堵したのもつかの間、清水茶屋のテラスのテーブルが、大勢の人でほぼ埋まっていて驚きました。他の二軒の茶屋が閉まっているせいもありますが、いくら日曜日とは言え、コロナ禍で緊急事態宣言も出されている中で、清水茶屋がここまで混雑しているのは異様な光景でした。

二代目清水令宣さん(元藤野町町議会議員)に尋ねました。「すごい人ですね」「ええ、うちもまさかこんなに人が来るとは思ってなかったから、今日は食材も少ししか荷揚げしていないんですよ」。

私は改めて白馬の像が立つ山頂に上がって見ました。なんと山頂の周りにも大勢のハイカー。ベンチやテーブルはほぼ埋まっていました。さらに去年秋の台風以降、店じまいしたままの信玄茶屋裏手の芝生の広場には、家族連れと見られるハイカーが何組もおり、小さな子どもたちが歓声を上げながら走り回っていました。

平時であればいつもの日曜日の陣馬山として、なんの問題もない光景です。しかし、この日は異様にしか見えませんでした。当然の事ながら、まともな山の装備の親子はほとんどおりません。親も子どもも、近くの公園を散歩するような格好です。

そもそも、私が乗ったバスには、家族連れはおろか、一般のハイカーはほとんど乗っていませんでした。この人たちは一体どこからどうやってやって来たのだろうか?

その謎はあとで解けました。彼らは電車やバスの利用を避けて、自家用車でやってきたのです。

陣馬山の場合、和田峠という場所までは車で行くことができ、そこにはかなりの台数が止められる駐車場(有料)があります。その和田峠まで車で来られれば、山頂まで最短の20分程度で登れるのです。

あの家族連れや他のハイカーの大半は、車で来ていたわけです。(私が和田の集落へ下山し、バス通りを歩いていたら、和田峠方面から見慣れないナンバーの車が次々と走り去って行くのを見て納得できました)

清水茶屋で聞いた話では、先週の平日にひと組の家族がやってきて、その家族は神奈川県の藤沢市から車で来たそうです。「家族で海に行ってみたが、海岸は人でいっぱいなので、山なら空いているだろうと来てみた」そうです。確かに平日の山なら格段に空いてはいます。

コロナ禍で湘南海岸が人出で賑わっているというニュースを目にしましたが、外出が制限されている中でも、この時期に海岸線が人で賑わっているのも異常な状態です。

コロナ感染の状況は、今、不特定な人や場所での感染から、「家族内感染の拡大」が始まろうとしてしています。

家族揃って近所のスーパーに買い物に行く。家族揃って町のレストランで食事に行く。家族揃って近くの公園へ遊びに行く。「家族同士なら安心」というのは、ただの錯覚に過ぎません。合理的、科学的な安全の根拠は一つもありません。家族には「安全」のバリアがあると信じ込んでいるだけのことです。

余談ですが、自分の子どもたちが近くの河原で遊んでいる動画を、SNSに投稿しているものを目にしましたが、軽率な親はこれをみて「自分の子どもだけなら大丈夫か」「うちも真似してみよう」と思うでしょう。これは「正常性バイアス」という心理で、間違った安全神話に過ぎません。

陣馬山の山頂を包む子どもたちの嬌声とその姿をみて、もしもこの後にこの中から感染者が出たら・・それがこの陣馬登山をしたことによって起きたとしたら・・。

陣馬山でいくつものクラスターが発生しても、もはや追跡しようがない状態になるでしょう。この時期の限られた少ない登山者の、安全・安心の拠り所として細々と営業を続けている清水茶屋でさえ、営業停止の事態に陥ることになるでしょう。

この日の陣馬山の、この異様な光景を目の当たりにして、私はいよいよ「親子山の再開に当たっては、絶対に厳格なルールを徹底しなければダメだ」と思いました。その意味では、この日登っておいて良かったわけです。

通常であっても、親子山のみなさんには、安全登山への意識向上のために、日常生活ではありえないほどのいろんな啓発を繰り返し、ルールの徹底や取り組みを実践して来ました。山での大きな事故が16年間ゼロだったのは奇跡ではなく、みなさんの意識の積み重ねです。

日本はまだ自由な国ですから、緊急事態宣言が出されていても、救いは独裁国家の戒厳令のような厳しい制限も取り締まりもないことです。その代わり、一人一人の行動が問われます。

親子山学校の活動ではなく、家族だけで山や海へ出かけたいのであれば、前述したような懸念材料を一つずつチェックし、そのリスクをすべて潰していけると確信が持てることが大前提です。(だからといって、家族でむやみに出かけるのはやはり控えるべきでしょう)

これまでの親子山の取り組みを理解し、実践できている親子メンバーであれば、きっと分かっていただけると確信していますが、コロナ禍における活動再開に当たっては、さらに厳しいルールとスタイルを取り入れて行きます。そのためのルール作りを現在検討しています。

これを完璧に実践できない親子は、おそらく今後は参加できないものになると思います。それでもまだ生ぬるいルールから始めるとは思いますが、変容するコロナと私たち人間の叡智との根比べは長期化するでしょう。

私にとっての親子山学校の活動と存続の意義は、私たち人間のあらゆる尊厳をかけた大事な営みの一つであると考えます。その尊厳を一度でも、一つでも手離した瞬間から、人はどんどん劣化して行くことを歴史が証明しています。みなさんも学び続けることをどうか忘れずに。そして、家族を守りながら、この禍(わざわい)を賢く乗り越えて行きましょう。

2020年4月20日
親子山学校
関 良一


写真は遠景で分かりづらいが、山頂の芝生には大勢の家族連れがいた

陣馬山・一ノ尾根にて