コラム

低山から高山まで、 仲間の親子と登る山々で出会ったこと、思索したこと、 憧れること、悔やむこと、 そして嬉しかったことを綴ります。 親子山学校を貫くインティメイトな山の世界・・・。


「山小屋とのつきあい」

山小屋に予約の電話を入れる時、私は主宰する団体名を名乗らないことがあります。初めて泊まる山小屋も、何回か泊まったことがある山小屋でも、私はあえて団体名を名乗りません。たいていの場合、個人名で申し込みます。その方が多いでしょう。別に遠慮しているわけではありません。

そうして山小屋に行き、何年も通って、ある日ようやく山小屋の方から私たちの存在を尋ねられることがあります。山小屋の主人やそこで働くスタッフたちが、この人たちはいったい何者なんだろう?と興味を示して声をかけてくれれば、素直にかっかくしかじかと説明します。そこで私たちは初めて山小屋の方々に認識され、次からは団体名を名乗って予約することができます。

こんな遠回しの、勿体ぶったやり方の、いったい何がいいのか?と思われるでしょう。私にもよく分かりません。だけど、なんとなくその方がお互いに間違いがないし、その後の関係がより良くなるように思えるのです。

もちろん、最初からすぐに打ち解けて懇意なおつきあいが始まる場合もあります。けれども、大勢のスタッフを抱えた大きな山小屋はもちろん、小さな山小屋であっても、私たちは彼らから見れば通り過ぎる利用客のひと塊です。

こちらはすでに「勝手知ったる他人の家」のごとく、その山小屋の設備やその山小屋独自のルールを知っていても、「はい」と素直に聞きます。「俺は知っているんだ」とか「分かっているよ」と威張ってみても、何も良いことはありません。

今日も八ヶ岳の稜線に建つ、或る山小屋に予約の電話をしました。その山小屋もこれまで何度も泊まっていますが、団体名で泊まったことは一度もありません。

電話で宿泊する親と子どもの内訳と人数を伝えると、電話口の向こうの年配男性が「何かの団体ですか?」と尋ねて来ました。私はそこで初めて団体名を伝えました。すると電話口の男性は「立派なことをやっていますね」と言い、すぐに私たちの活動を理解してくたようでした。つまり、これだけで良いのです。

私が「期日が近づいたらまた連絡します」と伝えると、その男性は「わざわざ電話しなくても、変更がある時だけでいいですよ」と言ってくれました。

ただの電話だけのやり取りですが、私はこの山小屋との付き合いがようやく始まったと思いました。この山小屋に初めて泊まった日から五年目の、小さな前進です。

2019年8月7日
親子山学校
主宰 関 良一