コラム

低山から高山まで、 仲間の親子と登る山々で出会ったこと、思索したこと、 憧れること、悔やむこと、 そして嬉しかったことを綴ります。 親子山学校を貫くインティメイトな山の世界・・・。

新緑の頃のケヤキ(A)。だが、ようく見てみると…


私は植物や森林などの成り立ちを専門に学んだことは一度もないので、この手の話はまったくの門外漢です。専門知識のない素人の他愛ない話とお読みいただき、誤り等があればぜひご教授下さい。

毎日のように散歩する小道が我が家のそばにあります。いにしえの甲州街道の一部に当たるその古道には、クヌギやケヤキの木に混じって、植林された思われる梅やシュロなども生えています。

情緒を感じるのは、わずか二百メートルにも満たない部分ですが、ここを飼い犬と散歩するのが毎日の慣わしです。そんな日々を漫然と送っていたある時、はじめて気づいたことがありました。

=======

古道に入ったすぐ先に、大きなケヤキが立っています。
ケヤキの幹からは、新緑をたたえた葉が青々と茂っていました。そのケヤキを眺めているうちに、不思議なことに気づいたのです。

どの枝も、同じ方向を向いて伸びています。(トップの写真)

一つとして、反対側に伸びている枝がありません。

「ひょっとして…」

私は家に戻り、方位磁石を持って来ました。そうしてケヤキの前に立ち、枝が伸びている青葉の真下で磁石を定めました。私の予感は的中しました。

「この枝は全部、南を向いている!」

方位磁石の指す針とピタリと重なるように、ケヤキの枝はすべて真南に向かって伸びていたのです。

=======

このことに気づいたとき、私は「もしも山で迷ったときに役立つかもしれない」と思いました。森林限界がある高山では通用しないでしょうが、広葉樹のある低山の日照条件が整った場所で、このケヤキの枝のように顕著に一方向を指している木を見つければ、それは南を指していると考えて良いのではということです。太陽のない曇りや雨の日でも、そうした特長が顕著に現れているならば、方角を掴む判断材料の一つにはなるだろうと思いました。

それからまた、歳月が流れました。

古道は我が家から見ると、東から西に向かって伸びています。朝方は太陽を背にして古道に向かいます。夕方は西に傾く太陽を正面に見ながら古道を進みます。東西に伸びる古道の南面は、地主が開墾した畑地が開けているせいもあって、日中はさんさんと陽の当たる場所です。

くだんのケヤキ(A)も秋になってすっかり葉を落とし、相変わらず枝を南に向けて立っています。

ところが同じ傾斜地でも、ほかのケヤキを見渡してみると、ここまで極端に枝を南に伸ばしているケヤキはありません。「これはいったいどういうことか」。私はまた考え込んでしまいました。

斜面の上に立っている別なケヤキ(B)を見ると、どの枝も実にバランスよく全方位に枝を伸ばしています。ケヤキAのように枝が南に偏っているなんてことがないのです。でも、その理由はすぐに理解できました。

ケヤキAは斜面の下にあり、ケヤキBは斜面の一番上に立っています。ケヤキBは何ものにも遮られることなく、一日中全方位から陽を浴びることが出来るのです。立地条件がほんの数メートル違うだけで、同じ植物の性格(素性)はこんなにも異なることに感動します。

=======

それにしても、極端なまでにすべての枝が南を指しているケヤキAの枝は、なぜ一つの例外もなく南を向くようになったのでしょう。

私はもう一度、ケヤキAのそばに近づいてみました。

立地条件の良し悪しを除けば樹高も幹の太さも、ケヤキAとケヤキBはさほど変わりません。しかし、一つだけ決定的な違いがありました。

ケヤキAの根方を見ると、一つの株から幹が何本にも分かれて生えているのです。株分かれした幹はどれも太くて立派です。まるで双頭の竜のように雄々しく天に向かって起立しています。けれども、幾本もの幹から伸びている枝は、すべて南を向いている…。

「なぜ、すべての枝が南を向くのか」。

私は分かったようでいて、実はまだ分かっていませんでした。

株分かれした数本の太い幹だけを見れば、どれも生命力に満ち溢れています。その枝は自由奔放に、全方位に広がれるチカラがありそうに思えます。けれども、そうしなかった。

どの幹も、その自由を完全に放棄しています。自由と奔放さには一切見向きもせず、すべての幹が太陽を浴びることに一意専心しているのです。気まぐれを起こして、別な方角に枝を伸ばした形跡も一つもありません。

同じ根元から分かれて育ったすべての幹が「共存」していくためには、ほかの選択や寄り道はなく、その道しかなかったのだと考えれます。

もしも、へそ曲がりを起こして別な方向に枝を伸ばす幹があったなら、その幹はどうなっていただろうか。ほかの仲間の幹へはどう影響しただろうか。そんなことも想像してしまいます。

しかし、同じ母体から生まれたきょうだいたちは、仲良く意志の疎通と秩序を守って「共生」しているのです。私は改めて自然の不思議とたくましさに感動しています。

=======

余談になりますが、同じ古道にはクヌギも多く生えています。

ことクヌギに関して言うと、こちらはケヤキ以上に太陽を渇望するチカラが強いのか、立地条件に関わらず、大半のクヌギが枝を南に向けている傾向があります。

それは本当にクヌギに限った特徴なのか。この場所ならではの傾向なのか。いつかまた歳月が流れる中で、ふと気づく日があるまで、私はこの古道を散歩し続けます。







晩秋の葉を落としたケヤキ(A)


線路脇の土手の上に立つケヤキ(B)は、全方位に枝を伸ばしている


ケヤキ(A)は一つの株から何本もの幹に分かれていた


付近にあるクヌギは大半が南に枝を伸ばしている


南へ枝を広げるクヌギ


太陽に向かって伸びるクヌギの枝


自然の造形には、その環境が大きく作用していることが分かる


地上の植物たちは、夜間、月との関係があるのかどうか。そういうことにも心を向けてしまう