コラム

低山から高山まで、 仲間の親子と登る山々で出会ったこと、思索したこと、 憧れること、悔やむこと、 そして嬉しかったことを綴ります。 親子山学校を貫くインティメイトな山の世界・・・。

細い山道も多い奥高尾縦走路。ランナーとのすれ違いには常に注意がいる。


あるトレイルランナー

親子山学校ではキッズクラスとジュニアクラスをあわせると、ほぼ毎週末山登りを行っています。とくにキッズクラスの場合は、高尾山から陣馬山までの奥高尾縦走路の山々に通う機会が多いのですが、大勢の親子と共に東京近郊の低山を登っていて最近強く感じているのは、「トレイルランナーたちのマナーが向上している」ということでした。

たとえば、登山をしているこちらが山道を登っているとき、前方からトレイルランナーが走ってきたとします。これまでは多くのランナーが減速することはあっても、走りを止めることは稀で、そのまま登山者の脇を走り抜けていくケースが多かったのです。私たちはランナーの姿を確認するたびに、「前から(後ろから)ランナーが来ます!」とか「山側に寄ってくださーい!」などと声がけし、広い山道なら片側半分を空けた状態のまま歩行を続け、狭い道では山側に寄って止まり、ランナーが通過するのを待つということを実践しています。

けれども最近は、走り込んできたランナーが前方に登山者を確認すると、ランナー側が「ピタッと走りを止めて」ゆっくりと歩くか、狭い場所ならその場で立ち止まり、私たちを優先してくれるケースを何回か経験しました。

これは、トレイルランニングを楽しむ方々の間に、そうすることのマナーの周知が浸透している証拠であろうと感じています。登山者同士のすれ違いでも、譲り合う精神が基本にありましたが、登山者とランナーとでは、スピードをつけて走ってくるランナーの方により大きな注意義務が発生するものと考えられます。たとえていえば、走るクルマと歩く歩行者とでは、クルマを運転する側に大きな責任が科せられるのと似ていると思います。

ですから、ランナーが山道で登山者を見かけた時は、どんなに気持ちよく走っていても、ピタッと止まる行為は、単に勇気の問題ということではなく、他者との接触・衝突による事故を未然に防ぐための安全策として必須の注意義務かと思います。これが守られることで、登山者とトレイルランナーは同じ山に共存でき、それぞれが自然を楽しむ余裕が確保されるのだと思います。

という認識を深めていた矢先のことでした。

ジュニアクラスの子どもたち23名(親を入れると42名)と陣馬山から高尾山をめざして縦走を行っていた日です。私たちはいつも通り、一列縦隊で長い隊列を維持しながら前進していました。場所は明王峠から景信山に向かう山道でした。(ジュニアクラスでは、6年生から2年生までの子どもたちが主体的な山登りに取り組んでいるため、親が参加する時でも隊列の先頭グループはつねに子どもたちが歩いています)

子どもたちの列の後ろから、一人の男性ランナーが接近してきました。たぶん、直前には「後ろからランナーがきまーす!」という声があったと思います。私は子どもたちの最後尾に付いていました。全員、できるだけ山側に寄って一旦停止し、ランナーの通過をやり過ごす態勢に入りました。すると今度は前方からも一人の男性ランナーが走ってきました。前者をランナーA、後者をランナーBとしておきます。

前方からやってきたランナーBは、子どもたちを見るとすぐに走りを止めて、歩き出しました。が、後ろからやってきたランナーAは走ったまま子どもたちの脇を通過していきました。そのときランナーAとランナーBも、子どもたちの列の真横ですれ違ったわけですが、すれ違った瞬間、ランナーBの男性が踵(きびす)を返して走り去っていくランナーAに向かって「おい!ちょっと待てよ!」と大声で呼び止めました。

私は、その瞬間てっきり顔見知りだったので、ランナーBがランナーAに声をかけたのかと思いました。しかし、そうではありませんでした。

呼び止められても走って行こうとするランナーAに向かって、ランナーBの男性は「おい、待てよ!」ともう一度叫びました。それでもランナーAは止まりません。私はランナーBの意図がようやくわかったので、トラブルを避ける意味でもランナーBに向かって「ありがとうございます」と言いました。けれどもランナーBはランナーAの対応が許せなかったのでしょう。ランナーAを追いかけて行き、その男を止まらせました。

「お前、なんで止まらないんだ。大勢の子どもたちがいるんだぞ!危ないだろ!」さらに「なんでイヤフォンなんかして走っているんだ?」と言っているのも聞こえました。(イヤフォンで音楽等を聴きながら走ることも、トレランではマナー違反という原則があります)

ランナーAは憮然とした表情であったろうと思われます。やがて腹立たしさを顔に浮かべたまま、ランナーBが私たちの方に歩いて戻ってきました。私はもう一度、その男に向かって「ありがとうございます」と言いました。毅然として、同じランナーに抗議してくれたランナーBへの感謝の言葉として。

さて、そうした出来事があった奥高尾縦走路の、全長19キロメートルを縦走したこの一日は、トレイルランナーもいつも以上に多い一日でした。そして残念ながら日曜日のこの日、登山者を見かけて止まるか歩くかの対応をしてくれたランナーは、3割いたかどうかという印象でした。圧倒的多くのランナーは、平然と登山者の脇を走って行きました。それだけに、あの山道で決然と注意してくれたランナーBの行動は、トレイルランナーの鑑(かがみ)として印象強く映りました。私たち親子登山を実践する者にとっても、その行為は模範としたい、立派な態度であったと記しておきます。ありがとうございます。